2022年4月1日、大阪市立の高等学校23校が大阪府に移管されることになる。

この問題は元々、教育上の必要があっておこなわれるものではない。大阪維新の会が打ち出した大阪市の廃止・解体策動、いわゆる「大阪都構想」によって、「大阪市と大阪府が同種の施設を持っているのは二重行政」と言いがかりが付けられた結果、高校についてもやり玉に挙げられたという経過がある。

しかし、そもそも大阪市と大阪府がそれぞれ高等学校を持ってきたのは、二重行政でもなんでもない。歴史的な経過があってこのことである。

大阪府の高等学校をめぐる歴史

話は1900年にさかのぼる。当時の大阪府は「大阪府教育十年計画」を策定した。この計画によると、大阪市内の中等教育について、大阪府が旧制中学校・高等女学校の普通教育学校を主に設置し、また大阪市は商業学校などの実業教育学校を主に設置するという役割分担がおこなわれた経緯がある。

これにより、源流は大阪府立として創立したものの大阪市に移管されていた大阪市立第一高等女学校を、大阪府に再び移管する形で、大阪府中之島高等女学校(現在の大阪府立大手前高等学校)を設置した。また大阪市立第二高等女学校も大阪市が設置していたが、大阪府立として新設された大阪府清水谷高等女学校(現在の大阪府立清水谷高等学校)に合流させている。

大阪市立の学校は商業学校や工業学校などを設置したが、その後身が現在の大阪市立の商業系高等学校や工業系高等学校となった。

さらに1920年代以降、旧制高等女学校や旧制中学校への進学希望者が増加したことで、大阪市立としても旧制高等女学校を複数校設置し、さらに1940年代には旧制中学校を2校設置するなどの運用がおこなわれた。これらの旧制高等女学校や旧制商業学校の後身が、大阪市立の普通科系高等学校となっている。

戦後の学制改革により、府立および大阪市立の高等学校が並立する形になった。しかし旧制学校時代の歴史から、府立高校は普通科中心、市立の高校は実業系学科中心となった。また市立の高等学校では、普通科系の学校も含めて、府立高校とは異なった形での個性化・特色化を図ってきた経過もある。平均的な普通科中心の府立高校と、特色ある学科をメインにした市立の高校という違いが出ていた。

並立していても支障がなかった

大阪府立と大阪市立が並立していても、市民・府民にとっては何の支障もなかった。府立と市立で手続きを二重にしなければいけないなどのことはなかった。入試実務など受験生や生徒にかかわる部分については、大阪府教育委員会と、大阪市その他市立高校を設置する市との協議で、学区・試験日程・試験問題・合否判定方法などは統一して実施されてきた。

「大阪都構想」

しかし2010年代に現れた集団「大阪維新の会」の存在が、大阪市立の高校の存在を危うくした。

この集団は、大阪市政のあらゆる部分に影響を及ぼしている。この集団の主張によると、政令指定都市・大阪市の存在は「二重行政」だとして、大阪市を解体して大阪府の権限を強めたいという主張をおこなっている。

「大阪都構想」は元々、「大阪維新の会」の創設者で大阪府知事だった橋下徹が、知事時代に大阪市のことに口を出せなかったことへの不満から編みだしたもので、そこに一部の保守系府議会議員が乗っかったものだともされている。

「二重行政」のやり玉は、高校・特別支援学校・大学・図書館といった教育施設、ほかにも港湾・水道・体育館・病院などにも向いた。しかしいずれも、担当地域での役割分担だったり、それぞれの得意分野での相互補完体制など、「二重行政」にはあたらないと指摘された。

高校については、前述の通り、設置者が大阪府と大阪市に分かれていても特に何も支障がなかったものである。

しかしそれを「大阪都構想」という政治目的で無理やり「二重行政」呼ばわりして、設置者の府市統合を図るとしたものである。そこには、教育上の必要性や必然性から出発したという視点はみじんもなく、ただ政治的目的で大阪市の施設や財産をおもちゃにしてなくそうとするという意図しかない。

高校の府市統合は一度立ち消えになったものの、2019年になって再び蒸し返される形で、維新と公明の賛成で府立移管が決められた。

市の財源を奪い取るという指摘も

大阪市立の高校を府立に移管することについては、教育上の根拠がないだけでなく、大阪市民の財産を著しく毀損するという指摘もされた。

大阪市が積み上げてきた教育という無形の財産を毀損するという意味でもそうではある。同時に、大阪市立の高校を大阪府に移管する際に「校舎や校地・備品など、学校にかかる財産の一切を大阪府に無償譲渡する」としたことも、重大な問題になった。

このことによって、高校にかかる財産が大阪府に渡されるのは経済的にも損失になること、また仮に現大阪市立の高校が廃校となった場合の跡地活用も大阪府が自由におこなえ、大阪市や市民の意向が反映されにくくなることも指摘されている。

大阪市立の高校ではすでに、工業系高校3校を統廃合して新たな工業系高校を設置する構想を立てている。府立移管の時期と重なったこととの絡みで、具体的な統廃合構想策定は府立移管後になると見込まれている。

また当該校のみならず、大阪府立高校については、府の条例により「3年連続定員割れの高校は統廃合を検討」とされている。現大阪市立の高校が府立移管後に、この条例が適用されることになることも想定される。

それらの場合、閉校となった跡地をどう活用するかについては、大阪府が決めることになる。大阪市民の意向を反映する機会が失われるとも指摘されている。

市民有志から「無償譲渡は不当」とする住民訴訟が起こされている。

教育条件の低下のおそれ

高校の府立移管から先立つ2016年、大阪市立の特別支援学校が大阪府に移管された。特別支援学校についても、高校と童謡、維新の「大阪都構想」に伴って「二重行政」としてやり玉に挙げられた経緯があった。

しかし移管後、教育条件が大阪府の水準に合わせられ、旧大阪市立学校の側からみれば水準が引き下げられた形になった。給食が業務委託になる、教材などを買う予算も引き下げられるなどの弊害が出たという告発がされている。

特別支援教育についても、大阪市は歴史的にも全国に先立つ形で古い歴史を持ってリードし、教育水準についても大阪府以上に上乗せしてきた経緯がある。しかし水準が切り下げられたことで困難が出ている。

高校についても、似たような弊害が出る可能性がある。

おわりに

上記を総合すると、大阪市立の高校を府立に移管することは、全く道理に欠ける行為だと考えられる。

高校教育や市民の財産を毀損するような維新の対応については、問われ続けなければならない。