毎日新聞(東京朝刊)2012年8月23日付『教育虐待:勉強できる子になってほしい……過剰な期待』。


 学業への期待で子どもを限界を超えて追い込み、テストの点数や成績でしか子どもをみない「教育虐待」という現象が顕在化しているとして、その実態を特集した記事である。
 記事では以下のような実態が記載されている。
 民間子どもシェルター「カリヨン子どもセンター」(東京都文京区、坪井節子理事長)に数年前の夏、有名女子高に通う少女が逃げ込んできた。「家に帰りたくない、母に殺される」と訴えた少女は裕福な家庭で育った。両親ともに高学歴、母の期待通りの成績を取れないと何時間も罵倒され、食事を抜かれ、睡眠を禁じられることもあったという。受験を控えて母親の干渉が度を越し、耐え切れなくなって家を出た。弁護士や児童相談所が間に入って交渉した結果、少女は初めて自分で進路を選び、シェルターで暮らしながら大学を受験した。
 「極端な教育ママ」に育てられたという心理カウンセラーの西濱順子さん(46)は、今も心の傷が癒えないでいる。
 私立の名門幼稚園の参観日。聖書の一節を読む場面で先生が「分かる人?」と尋ねた時、挙手しなかったことを母に強く責められた。何度もたたかれ、けられた。
 物心つくころから毎日習い事をこなし、友だちと遊ぶ時は輪の中心になるよう求められた。「勉強もスポーツも完璧で、リーダーシップを取れる子」が母の理想。何でも1番を求められ、テレビも漫画も雑誌も禁止。「周りは敵。どんな手を使ってでもけ落とせ」とも 教わった。「私はエリート。他の子たちとは違う」と思い込み、部活動もせずひたすら勉強に励んだ。
 反抗できなかったのは、中学受験に成功した1歳上の兄が家庭内暴力をふるうようになったからだ。「私はいい子にならなければ」と考え、県内トップ校に進んだ。「次は国立の最難関大学に」と思った直後に、初めて「1番」から陥落し、学校を居場所と思えなくなった。
 手が汚れていると感じ、2時間以上水で手を洗い続けたりした。一つのことが気になると他のことができなくなる強迫性障害。母は心配するどころか「頭おかしいんじゃない? 死ね」と暴言を吐き、父は見て見ぬふりをした。

 虐待の背景としては、「(1)両親ともに高学歴で社会的地位が高い(2)親が経済的事情などでかつて進学をあきらめた(3)母親がキャリアを捨てて専業主婦になった(4)家庭の中で母親だけ学歴が低く、夫の親族から重圧を感じている」(武田信子・武蔵大学教授)などの特徴があるという。
 テスト成績による学校間序列のため「上位校」に入れたがる傾向や、近年では大卒でも就職難が進行している背景も相まって、「少しでも良い学校に」「脱落者にさせたくない」などの傾向が強まり、それが極端化・先鋭化して子どもが耐え切れない状態になったり望ましくない状況を生み出したりするなどする。過剰な「教育ママ」などは昔から指摘されていたが、近年では「教育虐待」として児童虐待の一種として扱うべきだという動きも生まれている。
 テストの点数や通知表の評価、順位などの一面的な学力評価や競争ではなく、子どもの全面的な発達の視点がなければならない。学力を一面化させる風潮を改めていくには、個人の努力だけでは限界があり、教育システムそのものの改善も同時に考えていかなければならない。
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