『毎日新聞』2009年5月16日付『新教育の森:関東以北に残る男女別学公立高 少子化でようやく共学化の波』では、東北や北関東に残る男女別学の公立高校について、背景を探っています。


 歴史的には終戦直後の学制改革の際、戦前の中等教育が男女別・進路別に大きな格差があった複線型の教育体系だったことを踏まえ、学制改革の際には男女共学・小学区制・総合制のいわゆる高校三原則に基づく新制高校が設置されました。
 うち男女共学については、公立学校では近隣の男子旧制学校・女子旧制学校の生徒交流や合併などで新制高校を設置したケースが大半でした。西日本では公立高校はごく一部の例外を除き、男女共学として発足しました。
 しかし北関東や東北では高校三原則が徹底されず、旧制中学校や旧制高等女学校を転換した、男女別学の公立高校が発足することになりました。
『新教育の森:関東以北に残る男女別学公立高 少子化でようやく共学化の波』(毎日新聞 2009/5/16)
 別学の県立高校が今も多く残っているのは、宮城県など関東以北の県だ。戦後高校教育に詳しい聖学院大学の小川洋教授(教育学)によると、戦後の学制改革でGHQ(連合国軍総司令部)が共学化を進めた際、この地域の教育担当者は西日本ほど厳格でなかったという。このため、戦前の旧制中学や高等女学校の流れをくむ伝統校の多くが別学のまま残り、その後の全国的な共学化の流れの中でも、「伝統」が足かせとなって変化を阻んできた。

 高校三原則のうち小学区制(学区をできるだけ小さくする)・総合制(一つの高校に普通科や職業科など多様な課程を併置する)についてはのちに衰退していきます。その一方で男女共学については、新設校は一部例外を除いて男女共学で設置されるなど定着・拡大の方向で進んできました。
 男女別学として発足した公立高校でも、後年に共学に転換した高校もあります。一方でいまだに別学が残っている公立高校もあります。
 宮城県では2010年度までに男女別学高校を一律共学化することが決まっています。しかしここに至るまでに、別学高校の生徒や卒業生などから強い反対運動があったということです。
 宮城県では2009年2月に一律共学化の方針が確定しましたが、対象となった男子校では同年5月におこなわれたスポーツ大会の応援幕に、場違いな「共学大反対」「共学粉砕!」などとする横断幕が掲げられるなど、依然として不満の声がくすぶっているということです。
 しかし「学校の伝統」を盾にした反対論は、ただの感情論にすぎません。教育の機会均等の観点からは、公立高校は原則として男女共学にしていくべきでしょう。
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