福井県立高校の演劇部が2021年9月に福井県高校演劇祭で上演した創作劇に「差別表現」があるとして、県内の高校演劇部顧問が作る協議会が、「舞台を中継するケーブルテレビ局の番組では当該校の出演シーンをカットすることを求める」「例年おこなっている作品のDVD化や脚本集の制作・配布について、当該校についてはDVD化をおこなわない・脚本を公開しない」などの措置をとる方針であることがわかった。

関係者はそのことを不服として、善処を求める署名活動をおこなっている。

https://www.change.org/p/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%9C%8C-%E9%AB%98%E6%A0%A1%E6%BC%94%E5%8A%87%E9%83%A8-%E9%A1%A7%E5%95%8F%E4%BC%9A%E8%AD%B0-%E7%A6%8F%E4%BA%95%E3%81%AE%E9%AB%98%E6%A0%A1%E6%BC%94%E5%8A%87%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%82%92%E5%A5%AA%E3%82%8F%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7-%E9%A1%A7%E5%95%8F%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%81%AF-%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%B3-%E3%81%AE%E6%8E%92%E9%99%A4%E3%82%92%E6%92%A4%E5%9B%9E%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84

問題となった作品


問題となったのは、福井県立福井農林高校(福井市)の演劇部が上演した創作劇「明日のハナコ」。2020年度まで同校演劇部の顧問教員を務め、2021年度には外部指導員として同校演劇部にかかわってきた元教員が脚本を書いたものだという。

2人の少女が、1948年の福井地震の発生から現在に至るまでの福井県内の歴史を振り返りながら成長していくというストーリーとのこと。

問題になったのは、当時の敦賀市長の講演(1983年の講演会での発言)を引用したセリフだということ。
小夜子 (略)「まあ原子力発電所が来る。電源三法の金はもらうけど、そのほかに地域振興に対して裏金よこせ、協力金よこせ、というのがそれぞれの地域にある。(中略)そんなわけで短大は建つわ、高校はできるわ、五〇億円で運動公園はできるわ。そりゃもう棚ぼた式の街作りができる。そのかわり一〇〇年たってカタワが生まれてくるやら、五〇年後に生まれた子供が全部カタワになるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階で原発をおやりになった方がよい」
ハナコ それ誰。
小夜子 敦賀市長。石川県の志賀町で原発建設の話が持ち上がったときに地元商工会に招かれてしゃべったらしいのね。
(後略)
中日新聞2021年11月17日『高校演劇作品 公開せず 県高文連「せりふに差別用語」』 https://www.chunichi.co.jp/article/367209

演劇祭は2021年9月18~20日におこなわれた。例年通りに演劇祭の様子を地元ケーブルテレビ局が録画し、後日ノーカットで放送する予定になっていた。

しかし同校の演劇の内容について、原発反対に触れる内容があることや、関係した人物の個人名が実名で出ていること、「差別用語」とされるような言葉が含まれていることなどで、「社内での会議にかかるかもしれない」として、テレビ局側から問い合わせがあった。

それを受けて主催者側の福井県高校文化連盟演劇部顧問会議は対応を協議した。スクールロイヤーの弁護士の見解も照会した上で、当該校の演劇をケーブルテレビ局での放送時にカットすること、当該校の演劇のみDVDを制作しないこと、脚本を公開せず回収することなどを認めた。

▼「差別用語」などが含まれていることで生徒や学校に非難が寄せられ、被害が及ぶおそれがある。▼演劇の主催者団体は原発関係企業からの支援を受けている。などが理由とされたという。

主催者側はマスコミ取材に対して、原発に批判的な内容については表現の自由であり問題はないが、差別用語を巡っては基本的人権の尊重が表現の自由を上回る。生徒が批判される可能性もある(福井新聞2021年11月17日『高校演劇の作品中に差別用語、映像化を巡り対立 主催者は中止の方針、創作者は反発し署名活動』)と説明したという。

対応は過剰反応ではないか


今の基準では「差別用語」とみなされうる、今使うなら避けた方がよいような単語が出てきたのは事実のようである。

しかしその一方で、それはセリフの脚本や演者が当該属性を持つ人物への差別的な意図を持って使ったものではなく、過去に実際に原発誘致推進でそういう発言をおこなった政治家の発言をそのまま引用したという文脈で、脚本はその政治家の立場に対して批判的に扱っている内容ではないのだろうか。歴史的文脈として必要な場合は、注釈や断りなどを入れる措置はありうるのかもしれない。その単語を使ったから差別表現だと短絡的に扱うことこそが、むしろ差別的だとも受け取れるような形になっている。

またこのことで、「言葉狩り」のような形になってしまい、演劇の上演そのものを存在しなかったかのように扱ってしまうのは、表現の自由との兼ね合いも生じてしまうことにもなる。

別の弁護士からは、以下のような見解が寄せられているという。
・その単語を使用したからすなわち違法であるという判断は、法律家としてあり得ない。そのような見解を述べる法律家はいない。まして、スクールロイヤーは良識ある人物が選ばれているのでそのような判断をしたとは考えられない。
・問題となる差別用語だが、もし、この劇が前敦賀市長と同じ立場に立って障碍者を差別したのであれば問題だが、反原発の立場から批判的にこの言葉を述べている以上、そこに差別意識はなく、よって問題ではない。
・前敦賀市長は公人であるから、特定の個人を非難したという批判も当たらない。当然、遺族からの名誉棄損などということも起こりえない。
・もし万が一クレームがあったら、と考えるのは怖れすぎである。その単語だけを切り取って何者かがクレームをしてくるということはおよそ考えにくい。

「福井の高校演劇から表現の自由を奪わないで!顧問会議は『明日のハナコ』の排除を撤回してください。」

顧問会議側の対応は、生徒を守るということを名目にしていても、そのことで逆に生徒を傷つけているという気がしてならない。よりよい形での解決が望まれる。